Tales of Mados & Ringos / 真・窓と林檎の物語
トップ窓と林檎 → 100万人の… 1998.01.12

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真・窓と林檎の物語
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100万人の公衆便所

  さてさて、今回はコンピュータチップの未来形、VLIW(Very Long Instruction Word)型計算機について書いていく。 「超長令語」とか和訳してもいいのだが、今一つ気に入らないのでそのままである。 しかも、今回は公衆便所に例える関係上、 あまり清潔感あふるる文章とはならないことは明らかであるからして、 ただいま食事中の諸君はとっとと飯を食い終ってから読んで頂きたいもんである。

  このVLIWは、陰照の「回せど」(「回すと」とも呼ばれる)という次期主力製品に搭載されるというので一気に名が広まってきたシロモノである。 いわゆる、動きの速い幼稚園児の次に来る、と言われている技術である。 これを現代社会の必須システム、公衆便所になぞらせて解説をするという、 実に大胆な試みを進めて行こう。

  CISCからRISC、そしてVLIWへと向かう潮流の基本的原理は、 「ハードウェア資源で性能向上を図るのは辛くなってきたから、 なるべくソフトウェアに負担を移すようにするべ」ということであった。 CISCの複雑すぎる命令セットでは動作周波数を上げるのが難しいため、 高速なメモリに簡潔な命令を載せてブン回すRISCへと移行が進むとともに、 その先にはさらにソフトウェア側の負担を大きくしたVLIWが待っている。 では、VLIWなる方式、いったいどんなシロモノなのであろうか?

  今、目の前にでっかい広場があるとしよう。その中央にはでっかい公衆便所がある。 これがいわばMPUである。そして人々が入口から入っていき、中で用を足して、出口から出て行く。 これがいわば、プログラムの中の一つ一つの命令が読み込まれ、処理され、終了する過程である。 いろんな奴がやってきて、中でいろんな用を足しては出て行くということなのだ(用の足し方にいろいろあるのはいやだが)。 昔の便所はのどかなもので、囲いも何もないところに小さな便器が一つだけという風情のあるものであったが、 いつの頃からか、整数演算用と浮動小数点演算用の2種類になった(さしずめ、小便用と大便用というところか、 下品ですまぬ)。便所を利用したい人はせっかちなので、 早く自分の番がきて用が足せるような便所を選ぶ(=ユーザは処理の速いマシンを好む)。 そこで便所の設計者は考えた。小便と大便の2種類の便器があるなら、 場合によっては2人同時に用が足せるのではないか?これが、世に言う「スーパー巣から」方式である。 便器を2つとか4つとか用意しておいて、空いている便器を有効活用させる方式である。

  しかし便所を利用する人々はみな律義なので、便所の中で順序が入れ替わって、 入った時と出る時で順序が入れ替わっていることは許されない(=命令の終了順序が入れ替わるとプログラムの制御が極めて困難になるのだ)。 したがって、便所の入口には係員(=MPUの命令制御ユニット)がいて、 人々(=命令)が入ってきた順と出て行く順に間違いがないように厳しくチェックしている。 またこの係員は、現在どの便器が使用中か、次の人はどの便器を使うのか、 それぞれの人が用を足すのに何秒かかるかを全て把握しており、 その公衆便所を完全に切盛りしている。 特に、人がどの便器を使うか、何秒かかるかの見極めはとても難しく、 上手にさばくには熟練の係員を必要とする(=制御ユニットのハードウェアがそれだけ複雑になる)。

  便所にさらなる高速性が求められると、最初は送り込む人々を多様化させ、 それにあわせて係員も超エキスパートを揃えて対応していた(=CISC)。 だが、やがて係員が過労死寸前まで達したため、便所を使う人数は多少増えても、 背格好の似た、単純な人々を送り込むことで係員の負担を減らし、 その分、一人一人が用を足している時間を短くすることで性能向上を計る新しい方式(=RISC)の便所が一世を風靡し始めた。 あっと言う間に、世の中は某社の便所を除いて全てその新しい方式になってしまった。

  某陰照社の便所は世界中のあちこちに広まっていたが、 便所の個室の中にまたシンプルな便所を作るなどという方式をちゃっかり採用して、 時代の波に乗り遅れまいと頑張っていたのであった。 陰照社の最大の売り文句は「今までの便所と同じ!」である。 お年よりから子供(子供はおまけが大好きさ!)まで、 ずっと同じ便所が使えるって言葉で人々をひきつけている。 だが、さすがに一社だけで旧式の便所を改良し続けるのは無理があると考えたのか、 HP社(ホームページの会社ではない)と協力して、「回せど」なる新しい便所の設計を始めた。

  この「回せど」なる便所、VLIWと呼ばれる方式で、 便所を切盛りする係員がバカでも足りるのが最大の利点である。 つまり、今までは全て便所の中で係員がやっていた仕事を、 人々が広場に入って来る時点(=ソフトウェアのコンパイル時点)でやっておこうという方式なのである。 その結果、係員がやる仕事はほとんどなくなり、単に人を5人なり10人なりに区切って、 便所に送り込めばいいだけになった。 よって、便所は便器さえ多目に用意しておけば、人件費は非常に安上がり(=ハードウェアが安価)になり、 さらに非常に回転率がよくなった(=性能が高い)というわけである。 が、それでは陰照社がますます儲かってしまうではないか、という心配には及ばない。 便所業界はそんなに甘くはないのだ。 陰照社の最大の売り文句、「今までと同じ使い方の便所!」が怪しくなってしまうからなのだ。 旧来の客に対しては、何とか便所の外壁や内装をつくろって同じに見せようとする(=x86系のプログラムはエミュレートで対応)だろうが、 やっぱり完全に化けるのは困難である。 そこで、今までの客はとりあえず置いておいて、 お金持ちな客を新しく開拓していくことになった(=ターゲットをサーバー分野に絞る)。 そんな便所、場所取るし金もかかるから金持ちじゃないと買えないのだ。

  VLIW型便所は、「基本的にソフトウェアで出来る部分はなるべくソフトウェアでやってしまう」と いう考え方に基づいている。ハードウェアはいくら大量生産したところでコストに限界はあるし、 輸送するにも金がかかる、さらには一回作ったら変更がたいへんときている。 ソフトウェアだったら輸送も網経由だし、バグを直すのも簡単(陰照の便所は欠陥が多いからのう)、 とりあえず動くのを作っておいて、あとからより高速な奴を出せばいい。 ちなみにこの新しいVLIW型便所、RISC型便所より高速化するのは間違いないが、 CISC型からRISC型へ移行したときのような劇的な性能向上は見込めないと予想されている。

  対する国際仕事機械などは、 「うちの便所はシンプルだから、まだまだ速くなるわい!」との姿勢を崩さず、 1秒間に10億人をさばけるというとんでもない便所を開発中だと言う(=1GHzのチップ)。 この対決、どっちが勝つか非常に楽しみである。

  筆者の大学時代の恩師、K大学のT先生はもう20年くらい前にVLIWと同じ方式を日本で発表し、 実際にマシンも作ったのだが、さすがに時代が早すぎて全然理解されなかったそうだ。 シンプルな命令を複数並列に並べて実行するというそのアイディアを

低レベルな命令で . . .
と説明したところ、CISC全盛の当時
「低レベルな命令でどうするんだね?
と一蹴されたそうな。先生はそのすぐ後、海外で同じアイディアがVLIW(Very Long Instruction Word)という名前で発表されたのを聞き、
「やっぱり名前は大事やな」
とのたまわったらしい。T先生、今も「ガハハハ!」と豪快な笑いで頑張っておられるでしょうか?

  てな感じで、便所の話はお終いである。用を足したら、ちゃんと手を洗うのだぞ。

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