Tales of Mados & Ringos / 真・窓と林檎の物語
トップ窓と林檎 → 林檎再生…1 1997.10.13

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真・窓と林檎の物語
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林檎再生へのシナリオ(上)

  ここに述べる文章は、これから起こる事の予測ではなく、 あくまで我輩の願望を文章にしたものである。 従って、この通りにならなかったといって、文句を言わないで頂きたい。 そもそも、ライセンシングを中止した時点で既にこのシナリオと 食い違い始めているのだ。 なので、「ほ〜、そうだといいのう。」と、 暖かい目をもって読んで頂ければ幸いである。 さらに上・中・下ともに、 より臨場感を増すために和訳を使わず実名で書いているものが多いという事も、 ついでに了承していただきたいもんである。 しかも、ありもしない数字やらチップ名やら多数出てくるが、 全て想像上の産物であることにも注意されたし。 そして、これは1999年の春の時点での物語として書いていくので、 「今年」というのは99年の事であり、それ以前のことは全て過去形で記してある。 内容としては、 「上」ではRhapsody以前のAppleについて、 「中」ではRhapsody発表と門様の反撃、市場の反応について、 「下」ではPowerPCと陰照チップの性能向上について書いていく。

  さあ、それではさっそく始めよう。

  おととし(97年)に発売されたOS8は記録的な売上でAppleの財政再建に大きく貢献したが、 OS9はOS8ほどの売上には至らなかった。その理由はいくつかある。 まず、7.6から8への進化の際には外見が大きく変化したが、 8から9に移行した際はほとんど変化がなかった点。 内部的にスレッドに対応した部分が増えたり、ファイルシステムの改良、 Machカーネルの採用など優れた改良点も多かったのだが、 外見がほとんど変化しないということで今一つ買い替え需要を喚起できなかった。 そして、OS9では68040が非対応になり、 最低で601以降のPowerPCを必要とした点。が、もう一つ大きな理由があった。 OS9は98年4月に発売されたが、 同じ年の9月にRhapsodyのUnified Releaseが控えていた、という点である。 Unified Releaseの名の通り、 YellowとBlueの両Boxが統合された強力な環境を多くの人々は待ち望んでおり、 着実だが派手な部分の少なかったOS9がその影に埋もれてしまった形となった。 ま、確かにOS9は実質上Machカーネル+BlueBoxにかなり近く、 Unified Releaseに向けた最終チェックの意味合いも持っていたので、 もとからそれほど売れなくても良かったとも言える。

  ハードウェア関連では、オラクルのエリソン会長に進められて、 Jobsも林檎マークのNCを98年3月から売り出したが、話題性はそこそこあったものの、 たいした売上にはならなかった。 アメリカではもともと教育分野で強かったせいか、 学校に一括納入する例も少なくなかったものの、日 本ではほとんどAppleマニアのコレクターズアイテム以上には普及しなかった。 その理由として、多くの場合では従来型のMacの方が適していたという点がある。 NCがその能力を発揮するためには、超強力なサーバ機と最低でも10Mbpsのネットワークを必要としたため、 一部の企業の特定部門などでは導入に積極的なところもあったが、 大抵の場合は従来からある個々のMacOSマシンを各自が自由に使った方が効率的なのであった。 それでも、 当初は97年末までの暫定CEOの予定だったJobsが98年9月までCEOを続けられたのは、 JobsがCEOである間の98年中に発売された各マシンのデザインがNeXT時代を髣髴とさせる極めてエレガントなもので、 Macユーザから強力な支持を得ていたからであった。 特にApple製NCは、市場的には成功しなかったものの、 黒くスタイリッシュな本体デザインで初代MacやNeXTと同じく、 雑誌の表紙の常連となった。

  一方、PowerBook2400や2500の成功を機会に、 Apple Japanが本国のAppleに対する発言力を徐々に強め、 独自に多くのハードウェア開発計画を手掛けるようになってきた。 実際、98年度にはAppleの全世界の売上の26%を日本市場が占めるようになり、 日本の消費者が無視できない存在となってきたのだ。 Apple Japanではそのオリジナルマシンの第一段として、技 術力を必要とせずにユーザの購買意欲をそそるマシンを売り出した。 「パステルマック」という名で売り出されたこのマシンの本性は、 ColorClassic型のケース+603e/250を搭載したボードという有り物で作られていたのだが、 その本体カラーがパープルやオレンジ、 ライトブルーなど6色の中から自由に選べるようになっていた。 定価で20万を切っている点や本体のコンパクトさとあいまって、 パステルマックは女性や子供に非常に好評で、 去年のクリスマスには最も売れたパソコンの一つとなった。 さらにApple Japanは、800×600のTFT液晶を搭載しつつ、 通常のノート型程度の価格に抑えた、 安価な「20周年記念Mac」もどきも計画していたのだが、 本国のAppleがその計画を知るやそれを横取りし、結局数か月遅れて世界的に売り出されることになった。

  Microsoft関連では、 主力であるWindows98が98年春という当初の予定から遅れに遅れ、 9月上旬にようやく発売となった。 遅れた理由としては、過渡期にあるPCハードウェア市場においてより多くの製品をサポートするため、 及びWindows3.1との互換性を確保するためと門様は語っていた。 が、コンピュータのハードウェアなんぞもう20年以上もずっと過渡期のままであるし、 Windows3.1との互換性が必要ってことは、 3.1から95への乗り換えキャンペーンが不成功だった(=95の完成度がイマイチ)ことを示している。 ちなみにWindows98英語版が9月だったことで日本語版は危うく99年になってしまいそうであったが、 なんとか12月中旬には発売された。 しかし、これがやっつけ仕事そのもので、流通量は少ないし日本語処理関係にバグが多数存在し、 門様みずから「日本語版を買うのは半年待て!」と非公式に発言したほどだった。 Internet Explorer4.0がWin98のデスクトップに統合されて、 ローカルとグローバルな環境のシームレスな統合が実現されるにはされたのだが、 何かアクセスする度にモデムが電話をかけ始めると初心者から苦情が相次いだという点は、 さすが微軟という感じだ。 さらに、起動する度にネットワークを通じて微軟に各マシン内の個人データを通信しているのでは、 という噂が囁かれたり、相変わらずセキュリティが御粗末だ、などと一部で非難されている。 特にセキュリティに関しては「最良の対策はその機能をオフにすることです」とか、 ユーザに確認のダイアログを見せるだけで「セキュリティ対策を早急に講じました」などという対応が格好の攻撃対象になっている点は、ここ数年来の傾向である。

  ここらへんでJAVAに関しても少し書いておこう。 JAVAが発表されてからかなりの年月が経つが、そ の普及は遅々として進んでいなかった。い かに多くのプラットフォームで実行可能であろうと、通 常のアプリケーションより遥かに劣る実行速度がネックとなって、その普及を妨げていた。 また世界各国において、一般家庭のネットワーク環境の整備がマシン性能の上昇に全く追い付いて行かず、 JAVAがその本領を発揮するには今しばらく時間がかかる、との見方がいまだに多い。 が、最近になって、JAVAのGUIレイヤが実質的に統一されそうな気配が出て来て、 ようやくJAVAで書かれた市販アプリケーションが販売される寸前、という状況である。

  そして98年秋、Rhapsody Unified Release発表に合わせて、ついにApple分社の決断が下される。 果たして、RhapsodyはAppleの「ノアの方舟」たりえるのか? 世界に君臨する門様は如何なる攻撃に出るのか?

  次回をお楽しみに。

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