Tales of Mados & Ringos / 真・窓と林檎の物語
トップ窓と林檎 → シェアの数字… 1997.09.22

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真・窓と林檎の物語
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シェアの数字の幻想

  数字というものは、時にすごく雄弁で必要以上の説得力を持つことがある。 視聴率しかり、偏差値しかり、ベンチマーク結果しかり。 賢明な人ならば、 その裏には多くの人々の思惑が見え隠れしていることに気づくであろう。 今宵の話題、シェアの数字もそんな「一人歩き」を始めてしまった数字の一つである。

  そもそも、こういうものを考える際には、 似たようなものをまず考えてみるのが理解の早道ということになっている。 で、うま〜い具合にそれに似たようなものに、 TV界で最強の呪文といわれる視聴率があるではないか! これがまた実にシケた集計方法に基づいて計算されていて、 ほんの数百家庭の実情しか反映していないそうな。 統計学をちょっとでもまともにかじった人ならすぐ分かると思うが、 そんな小さな母集団から得られたインチキ視聴率の小数第二位まで表示したところで、 なんの意味があると言うんであろうか? そんなもん、完全に誤差の方が大きいんである。 母集団がどんなにうまく選ばれていたとしても、 その程度のサンプル数では数%の誤差はらくしょーで有り得るだろうに、 もし母集団の年齢や家族構成、職業などが少しでも偏っていれば(これが普通だ)、 時として10%近い誤差(そんなでっかい数字、もう誤差とは呼べんぞ!)だって有り得る。 どうしてとっとと10万世帯とかにしないのだ? このハイテク全盛の御時世、それだけの家庭に視聴率チェックの機器を設置したところで、 大したコストでもあるまい。 そう、視聴率なんぞ、 燃えないゴミの日にでも出したくなるような胡散臭い物なんである。 そんなシケた数字に一喜一憂するタコどもはまあ、この際ほっておいて、 とっとと今宵のお題であるシェアの数字について書いていこう。

  結論から言えば、このシェアの数字というものも、 TVにおけるタコな視聴率と同類、いやそれ以上のタコさを備えている。 従って、数字を眺める時には裏側にある膨大な事実やら、 複雑な背景やら、人々の思惑やらに思いを馳せることを忘れてはならんのだ。

  マシンの出荷台数ベースでは、 林檎とその互換機(なくなりつつあるが)は窓際マシンに非常に圧迫され、 世界的には10%を遥かに下回っていまだ下降線をたどっている。 が、この数字だけが唯一の正しい実状なのだろうか? 我輩はそうは思わない。 なぜなら、あのインチキ視聴率にも通じるカラクリがあるからである。 視聴率はその時間に合わせていたチャンネルの集計であって、 その時間に視聴者が「見ていた」チャンネルに関するデータとは言い切れないのだ。 ここが大きな落とし穴だ。だまされてはいかんぞ、諸君。 テレビをつけていたって、常に見ていたとは限らんぞ。 本を読んでいたかもしれないし、飯を食うのに夢中だったかもしれない。 夫婦喧嘩の最中か、うたた寝してたか、 それとも風呂に入ってるのにつけっぱなしだったのかもしれないんである。 しかも、見ていた人にしたって、すごく真剣に見てたのと、 「今度の週末どこ行こうかなぁ?」と考えながらなんとなく見てたのでは、 雲泥の差がある。 要するに、ボウっと見てる人と真剣に見てる人を同じに扱う際には、 よ〜く気を付けないといけないのだ。

  実は、これとそっくりな事はシェアの数字にも言える。 出荷された台数や金額合計と、 実際に電源を入れられて使用されているマシンの数は明らかに違うのだ。 つまり、どれくらい活用されているかという指標と、 出荷台数ベースのシェアの数字は完全に区別すべき問題である。 で、ハードウェアメーカの経営者でもないごく普通の人々にとっては、 出荷台数の累計などよりも、 どの程度活用されているかの方がよっぽど意味のある数字である。 目の前に置かれたマシンが、自分にはどのように役に立ってくれるのか知りたいのだ。

  これを示している例がいくつかある。 例えば、試しにYahoo Japanに登録してある窓ユーザと林檎ユーザのウェブページの数を比較してみるといい。 「林檎はほんとにシェアがたった5%なのか?50%の間違いではないか???」 というような結果が返ってくる。 出荷台数も一つの事実ではあるが、ウェブページの数もまた一つの厳然たる事実なのだ。 要するにこの事は、 個人ユースにおいて林檎マシンの稼働率が他のプラットフォームより如実に高いことを示している。 この点は、会社などに大量に導入されながらも結局たいして使用されずに眠っているマシンが腐るほどあり、それが出荷台数を押し上げている窓際マシンとは一線を画している。

ホームページの数が多い=稼働率が高い 
とは短絡的に結論はできないが
ホームページの数が多い=稼働率が低い
と考える事は明白にタコなので、やはりそうなのである。 ま、稼働率というよりは、活用されている度合と言った方がいいかもしれない。 個人ユーザのページということで、企業ユーザが多い窓際マシンには不利な結果だが、 それを差し引いても、 林檎のシェアが5%(日本ではそれより高いが)であることから類推される結果からはどう見てもかけ離れている。

  他にも例はある。 書店に行って林檎と窓系のどちらの雑誌や書籍がどの程度の割合を占めているか、 チェックして来るといい。シェアが 5%と言えば20分の1であるから、 20冊に一冊しか林檎の本がない、などという事があろうか?いや、ない。 これは一体どういう意味か?

出版・流通している書籍の数が多い=稼働率が高い
とは必ずしも言えんが
出版・流通している書籍の数が多い=稼働率が低い
と言うよりはずっと正しい。 やはり、活用されている度合が異なるとしか言えない。 つまり、単純な集荷台数ベースのシェア以外にも、 実態をより的確に反映した別の切口の数字がいくらでもあるということだ。

  このように出荷台数ベースのシェアなど、 実は個々のユーザにとっては円周率の100桁目のようにたいした意味のない数字である。 ちなみに、一部の窓系マシンのメーカーがものすごい量の過剰在庫を発生させて、 出荷台数を無意味に押し上げていることも忘れてはならない。

  視聴率はもとは広告主がどの番組にもっとも宣伝効果があるか判断するための指標であったはずなのに、 いつしか数字だけが一人歩きしている。 が

「その番組を見ていること=番組提供主の製品が売れる事」
と直結しないことに気が付かないといけない(最近では気付いてきたようだが)。 それと同様
「そこにあること=活用されていること」
が成り立たないのがコンピュータの世界である。 言い替えれば
  • 「たくさん売れている=役に立つ」
  • 「誰もが持っている=使いやすい」
などという小賢しい等式は成り立たないことに、 人民は早く気が付かねばならない。

  また、ウェブページの数の違いには、 ユーザの気質も少なからぬ影響を与えていることは否めない。 が、この辺は書きたい事が山のようにあるので、 以後のコラムで触れていくことにする。今宵はこれにてお終いじゃ。

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