Tales of Mados & Ringos / 真・窓と林檎の物語
トップ窓と林檎 → 名付ケル…1 1997.11.17

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真・窓と林檎の物語
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名付ケル事ト理解スル事(前編)

  「名は体を表す」という言葉がある。 ある物につけられた名前についてよく考えると、 その物がどうして作られたか、何を目指して作られたのかが見えてくる。

★デスクトップパターンと壁紙

  窓際の背景に敷くパターンはなぜ壁紙と呼ばれるのか。 それは窓は机の上ではなく、壁にあることが多いからである。 というか、机の上にある窓は見たことがない。 この点だけは、窓際族としては珍しくなかなか理にかなったネーミングである。 林檎はとにかく作業場としての机の上を再現したかったため、 机の上に窓が存在する事になった。でも、窓際族に比べて、 林檎は個々のウインドウに対する邪魔な制約がないので「机の上に自由にものをちらかす」という感覚を見事に再現している。

  操作系統におけるメタファとしてはどちらが優れているのか? 壁に開いた穴が窓というのは自然である。 実際ディスプレイの画面も垂直であることが多いので、垂直な壁をよく表しているといえる。 しかしながら壁の上に置いたものが引力で下に落ちるかというとそういう事はない。 それなら、林檎のように、 机の上と考えた方が物が上に置けることを説明するためには都合がいい。 コンピュータの中で現実世界の現象を細かく再現する必要はないが、 よく考えられたメタファというのは、それに初めて接する者に対して、 ものすごい力を秘めているものである。 でもやっぱり壁面にごみ箱がくっついてるのは無気味ですよ、門さまぁ。

★フォルダとディレクトリ

  林檎では昔からファイルを入れる容器はフォルダと呼ばれていた。 実際に文房具でノートやレポートを入れておくフォルダからの類推である。 微かに軟らかな円盤操作系統ではディレクトリという名前が使われていたが、 約百になってからなぜかフォルダになってしまった。 どうしてそんなとこを今ごろ変更するのだ? フォルダって言ったって昔のディレクトリそのままではないか。 そうまでして林檎の真似をしたいのかねぇ? 「追い付け、追い越せ!」がスローガンだったはずなのに、 いつのまにか別の道を走ってる気がするな。 おーい、戻って来ーい! ま、無理に引き止めはしないが。

★アップルメニューとスタートボタン

  アップルメニューとはどうしてアップルメニューなのであろうか? ま、林檎だから素直に林檎のお品書きにしといたんであろう。理由はよく知らん。 で、問題のスタートボタンである。 微かに軟らかい人々はここを押せば全てが始まることになっている。 だが、これは実はボタンではなく、メニューだ。 しかもデフォルトではプルダウンでなく、プルアップメニューだ(そんなもん、今までに存在したか?)どうして上に伸びるんだよう?樹木か?なんていうかぁ、すごく変って感じぃ〜。 ま、この際だ、方向の事は許す。 が、しかし、なぜスタートのすぐ上が「終了」なのだ? 「早く終了した方がいいよ。」という門様の天のお告げなのか? そうだ、きっとそうに違いない。さすがの微かに軟らかな帝国の大魔王も、 まだ心の奥底に多少の良心を持っていたのだ。 まだ、世の中捨てたもんじゃないってことか。

★アイコン

  林檎のアイコンはファイルやアプリケーションの実体にかなり近い。 それをたたけば起動したり、中が見えたりする。 開いているアイコンは反転して、それが開いていることを知らせている。 アイコンをあるフォルダへ移動すれば、本体もちゃんと移動する。 そういう意味で、アイコンが本体だと思っても間違いはない。 しかし、窓達約百はどうだ。 アイコンと実体との関連は予想以上に想像を絶して、薄い。 実際に関連しているのは、隠し子に付けられた名前だ。 さらに、それの中身が既に開いていようがいまいがお構いなしに、 全く同じ顔で平然としている。 じゃ、どうやって見分ければいいのだ? 開いたフォルダはタスクバーに出てくるので、そこで確認できる。しかし、 フォルダとタスクは全然違うぞということで、 タスクバーという名前を付けた奴の知能指数はけっこう低そうだと予想できる。 別に知能指数が低いことを蔑視してるわけじゃないぞ、 ガンプだってがんばってるし。でももう少しまともな名前でもいいと思うぞ。 隠し子問題といい、255mまでの潜水といい、システムにおけるアイコンの位置付けといい、 この辺が窓達約百のもっともタコな部分であろう。 やはり、全ては命題バータリーのなせる技なのか?

★マイコンピュータ

  これ、これこそが諸悪の元凶だ。 どうしておまえは半角カタカナなのだ? そんなところで文字数(というかデータ量か)をケチって何になるのだ。 まあそれは我慢するとして、うーむ、どうして私のコンピュータなのだ? せっかく壁に壁紙張って、穴開けて窓にしたまでは筋が通ってたのに、 どうして壁の上の方に私のコンピュータがひっついてるのかが我輩にはどうしても理解できん。 なので、我輩は窓達約百のマシンを触るたびに、 「マイコンピュータ」を"Your Computer"に変更して供養して回っている。 どうせ小径には関係ないんだし(そういう所だけはなぜか変更できるようになっている)。

  そもそも、コンピュータの中にまたコンピュータが出てくるってのがよくわからん。 しかも、マイコンピュータのフォルダ(?)には普通のファイルは置けないらしい。 どうして、他の場所でできるのに、そこだと出来ないのだ? この「どうして、そうなってるのじゃ?」という質問に対する答えは、 地球上には存在しないであろう。 なぜなら、そこから先は究極命題バータリーが支配する暗黒面だからだ。

「どうしてと言われても、とにかくそうなってるの!」
と言われて納得するしかなさそうである。 でもひょっとして、窓際族の全知全能のボスキャラ、 我等が門様ならきっとアっと驚く素晴らしい答えを用意しているかも知れない。 聞くところによると、どこか弱点を見つけて弾を256発ほど打ち込むと、倒せるとか倒せないとか。

★名前があるとは限らない

  ところが、マイコンピュータでも半角でも、名前があるだけマシな場合もある。 いつもいつも名前があるとは限らんのだ。

  そう、悪名高い窓際族のPlug undo Prayである。 Plug undo Prayそのものについては割愛するが、ここで取り上げるのはその名前についてである。 なんと林檎にはその機能は紀元前の昔からあれど、名前はついてなかった。 空気のように当たり前のことには、人はふつう名前を付けないものだ。 それは例えば家電製品としてのテレビに関して

「チャンネルが選べる機能つき」とか
「音量調節の機能を搭載!」とか
「スイッチを入れると映像が映る機能!」とか
そういうバカな売り文句がないのといっしょだ。 当たり前のことを取り立てて言う必要はないのである。 というか、言う必要のないことを「当たり前」と呼ぶのだ。
「俺の自転車、車輪が回転するんだぜ。それに、ハンドルも曲げられるんだ!」
と言ったところで、普通は「バカか、こいつは?」と思われるだけだ。

  しかも、略さないでPlug undo Prayと書けばまだしも、 PnPとか書くからいかんのだ。 Pimpとそっくりだ。 ちなみにPimpとは売春の客引きのことだぞ。 全く、PnPなんて略し方はしない方がいいと思うけどなぁ。 でもよく考えると、 PnPという言葉で罪のない純真な青少年たち(に限らないが)を誘いこんでるんだから、 やっぱり的確すぎる鋭いネーミングなのか。うん、納得だ。 イラク(IRQ)と同じように、省略された時のことまで、 よ〜く考えてあったんだね。さすが門様、この色男!よ、憎いね!

  そういえばいつだったか、軟らかな銀行のGrandchildでJusticeな社長が、門様を称して、 「人類のリーダー!」などと紹介したそうな。 確かに門様は人一倍愛深き男で、深遠な思考の海に泳ぎ、 ま、それゆえに人知れぬ苦悩の日々を送っているのであるが、 人類のリーダーとはねぇ。そのうち人類みんな微かに軟らかくなっちゃうのかねぇ? うーむ。でも米の大統領選くらいだったらそのうち出馬しそうだな。 お金余ってるみたいだし。 ぺろーおぢさんよりは票が取れそうだし。 それとも、ノーベル賞(平和賞?)あたりを狙うのかなぁ? いつの世も、洋の東西を問わず、 金と権力を手に入れた者が最後に欲しくなるのは名誉だって決まってるしね。

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