Tales of Mados & Ringos / 真・窓と林檎の物語
トップ窓と林檎 → 人生いろいろ… 1997.09.15

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真・窓と林檎の物語
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人生いろいろ、おハコもいろいろ

  さて、今宵は前回のような小難しい技術的な話はいっさい忘れて、 誰でも一目で優劣がわかる類のお話である。 見た瞬間に優劣(というか、好きか嫌いか)がわかる点はいいのだが、 すぐ判断できるからといって、 それが他人の評価と一致するかというとそうとは限らないのでなかなかに厄介なんである。 が、いちいち他人の意見を全部聞いていては文章にならないので、 ここはひとつ我輩の尺度を押しつけさせていただく。

  ま、個人の好みといっても、 マシンの外観デザインに関する評価が各人でてんでバラバラかというと全くそんなことはないのだ。 それは次の普遍の事実を考えてみればわかる。 世の中には誰の目から見ても「美人」という人がいるし、 逆に(可哀想だが)どう判断しても「ブス」という人がいる。 女性に限らず、男性でも「美男子」はたいてい「ブ男」より得をする事が多い。 つまり、外見がその評価を(不公平ではあるが)かなり大きく左右するのだ。 これは芸能界なる摩訶不思議なギョーカイがちゃんと成り立っていることからもわかる。 テレビをつければ顔のかわいいおじょーちゃんやら胸のでかいおねーさんがたくさんでてくる。 もちろん、歌は下手で、しゃべりも下手で、特別な才能もないのに、だ。 これは、人間が得る外界から刺激として入手する情報の8割以上が、 視覚、つまり目を通して入って来るからなのだ。

  上のような例を出せばもう納得すると思うが、 コンピュータに関しては、惚れぼれするようなデザインはごく稀である。 が、しかし、どうしようもなく存在価値の低いデザインは残念ながらゴマンとある。 いったい、どうしてコンピュータ業界はこんな悲惨な現状に至ってしまったのだろうか? 人間の外見はおいそれとは変更できないが、 コンピュータだったらいくらでもマトモなのが作れると思うんであるが、 現実はそうではないようだ。

  そもそも、工業デザインという分野において、 林檎(現在は今一つだが、過去は優れていた)と匹敵し得る会社というのは、 米の国では国際仕事機械、離散設備会社、太陽、あるいはケイ素図形、 スパゲッティの国では折部亭(通じるかな?)あたり、 日本だとSONY(どう漢字にしたらいいのだろうか?素煮?粗兄?旧東京通信工業がいいかも)、 あるいは鋭い会社も何とか当てはまるであろうか。 「いいや、あの会社があるではないか!」という読者の方はぜひ教えて頂きたいもんである。 そういえば今思い出したが、大型コンピュータで言えば思考機械という会社のConnection Machineもかなりいかしたデザインであった。 和訳すると「接続機械」であるが、なんか電話交換機みたいなのでやめておく。 でデザインの方であるが、なんというか素人受けするというか、見ためが派手というか、ランプが光ってるんである。 超並列のマシン(ちっこいコンピュータがたくさん入ってる)なんであるが、 それぞれのコンピュータの実行状況が赤いランプでチカチカと表示されるって寸法で、 いかにもSF映画に出てくるコンピュータなのであった。 我輩も部屋の大きさと電気代(と財布)が許すなら、思わず一台欲しいと思ったほどであった。

  数カ月前、 我輩は必要に迫られて「おうちで単系」(Linux)を実現するためにPC互換機を導入したのだが、 メーカー製のマシンは今一つ魅かれる奴がなかったので、 秋葉にチャリで買い出しに行って、とっとと部品を揃えて自分で組み上げた。 で、その時は、本体に黒い立方体ケースを選んだのだが、 それが全ての部品の中で一番高くついたのは言うまでもない。 このでかいケースを自転車で運んでくるのには苦労したものだ(しかも真夏の真昼)。 知ってる人は知ってるが、我輩はなかかなかに面食いなんである。 ま、それ以外のケースが、工業製品のゴミ捨て場のような無骨なデザインなので、 これ以外に選択肢はなかったのだ。 黒い立方体ということで、初代「次」のマシンにも似ているところがまたいいのである。

  が、しかし、PC互換機のケースデザインはどうしてこうも、ジジ臭いのか? これは全世界的問題であろうと思うのだが、 誰も人の輪を作ってデモ行進したり、工場の前に座り込みを起こしたりしない。 もし自分が仕事で毎日使うマシンがタコなデザインだったら、 莫大な時間をそのマシンの前で過ごしているというのに、 そんな見にくいデザインを強要されて精神異常になったらどうしようと心配にならないのだろうか?(まあ、なる人は少ないと思うが)。 全くどうにかならんものか? どうして軟派な円盤や小型円盤の駆動装置がむき出しなのだ。 どうせやるなら中の基板や配線が全てむき出しって方が潔くていいと思うぞ。Star Warsの宇宙船みたいにするのだ。 すぐ故障しそうだけどね。 色だってもっとたくさんバリエーションがあっていいと思うぞ。 いっそのこと本体のケースが完全に透明ってのもいいな。 あるいは、黒檀製の超高級ケースってのも欲しいな。仏壇のある部屋に置くには最適だ。

  ジジ臭いといえば、押しも押されぬ本家がある。 その昔、ネックという会社が作っていた九八なるマシンも非常に中年くさいというか、 凡庸というか、何も考えてませんというか、とにかく目立たないようにというか、 ま、そんな感じであった。 そもそも、色からしてジジ臭くてかなわんのだ。 あのアイボリーというか、薄いグレーというか、白いんだか黄ばんでんだかわからんようなカラーリングはとっととやめてもらいたいもんである。 文句ばっかり言ってないで、じゃあどんなマシンのデザインがいいのか教えろという意見ももっともであるからして、それについて語っていこう。

  まずはやっぱり林檎の初代であろう。 ディスプレイと一体となった、このまったりとした味わいのマシンは、 「私のインテリア」とかそういう類の本には必ず写真の片隅に写っているという常連になった。 高性能で切れる奴、という印象ではないが、 「あるといいかな?」という感情を抱かせるものであった。 最近でも一体型林檎を改造して最新の性能のマシンに仕立てようと活躍してる人達もいるそうな。

  でもって、次に来るのが、次である。別にシャレとる場合ではないが、次の黒い立方体である。 これもまたコンピュータ史に名を残す、最高にシンプルで鋭いデザインであった。 この立方体の発表会の時のはちきれんばかりのジョブスの笑顔が今でも忘れられない。 このマシンは数自体が少ないため、今なお中古も高値で取り引きされていると聞く。 我輩も部屋が広ければぜひ一台欲しいもんである。

  そして、日本製パソコンのデザインとしては今でも最高との誉れが高い、 鋭い会社の罰約七万があげられる。 薄いタワー型のボディが2つ連立しているその姿は、 マンハッタン・シェイプと呼ばれて好評を博した。 我輩ももちろん、黒くて渋いデザインと来れば買わないわけがない(まして、 マシンの性能も飛び抜けて優れていたから、なおさらだ)。 マシン自体はパソコン雑誌で「一番欲しいマシン」のトップに君臨し続けたものの、 性能向上の時期を逸して第一線から退いて行ったのは悲しい限りである。

  他にも、単系で圧倒的勢力を誇っていた太陽の火花を散らすマシンのうす〜く平べったい本体とか、 離散設備会社の超薄い帳面とかいくつかあるが、 やっぱりいいデザインのコンピュータは地球には少ない。

  最近、林檎会社のデザインは悲しいことにかなりシケている。 特に九千六百や八千六百などは、 目の前に立ち塞がる巨大な塔と化してしまっている。 我輩の好きな火花を散らすマシンに似たデザインの六千百などは、 蓋を一枚開ければ全てが見えるという優れた設計(かつ、とても安上がり)だったのに、 最近のマシンときたら、特に九千六百や八千六百などは、 内部にアクセスするために恐ろしく凝った仕組みを用意している。 合体・変形ロボを喜ぶお子様じゃないんだから、 そんなに変なところを無理に可動式にしなくてもいいと思うぞ。 お子様向けのおまけについて頭を悩ますのは陰照だけで十分だ。

  デザインのいいマシンに中身も優れたマシンが多いのは、単なる偶然ではない。 初代林檎しかり、次立方体しかり、罰約七万しかり。 時代を切り開くようなマシンは、中身だけでなく、 見ただけでわかる鋭いツラ構えによって、恐ろしく強いオーラを発しているのだ。 林檎に復帰してからジョブスには随分迷惑をかけられているが、 ケースのデザイン面だけは彼のおかげで多少良くなりそうな気がするのは我輩だけではあるまい。 次に林檎からオーラを発する機械が出てくるのは、いつの日か . . .

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