仕事をこなすということ

2004-10-12 05:17:35 (5456d)

最近思うのだが、「仕事をこなす」ということは、

  • 「CPUが命令をこなしていく」

という事に非常に(非情に?)似ているのである。 CPUの処理と、人間が仕事をこなすということの間には、強力なアナロジーが成り立つのだ。 野口君も語っているように、 「仕事をこなせるか、溜まっていくか」は結局、入力と出力の量のバランスであり、情報のフローをいかに制御するかにかかっている。

我輩はさらに、現代のCPUやOSの設計に使われている各種の高速化技術(メモリの階層化、 タスクスケジューリング、コンテクストスイッチの低減、分岐予測など)は、 形を変えて、人間が仕事をこなす場合にそっくり活かせる、ということに気付いたのだ。 特に、命令をいったんデコードしてから、その処理を先送りすることのペナルティが、 人間の場合にはかなり大きいということを発見した。これは仕事の効率を大きく左右する話である。

って、これ以上はThink difficult.ネタだな、こりゃ。 そのうちまとめて書こう。