クロック至上主義者は誰だったか?

2004-10-30 10:18:13 (5932d)

クロック至上主義者は誰だったか? 言うまでもなく、それは陰照である。 しかし、ちょっと前のG氏のコラムによれば、ついに

『周波数の時代の終焉が、やってきた。』

そうである。

しかし、G氏のコラムではすでに3年前に

『そう、どこを向いても、これまでのような「GHzがすべて」的なアプローチが見えないのだ。一体、Intelは、どうしてしまったのだろう。 』

ってことになってるから、ようやくそれが本格化したわけである。

そもそも、コンピュータ業界において周波数向上レースから最初に脱落したのは、PowerPCであった。 数年前、G4の最盛期のころは、Pentium4にかなりの差をあけられていたものだ。

次いで、AMDが脱落した。そこで、AMDはモデル番号で、匹敵するPentium4のクロック数を示すようにした。

そもそも、これまで他のCPUに比べてPentium4が高クロック化を達成できていたのは、いわばドーピングのせいである。 つまり、

  • 他がやらないような、とてつもない電流をCPUにぶっ込んでいた
  • 高回転でも軽く回せるよう、馬力のないアーキテクチャ(網破裂)に変えていた

というのが大きな理由である。 それだから、AMDやIBMのMPUに比べて、「同じ性能でクロック数が30%や50%アップ」などと揶揄されるのである。

ドーピングすると1位でもメダルを剥奪されるように、陰照のドーピング作戦もやっぱり行き詰まった。 まさに網の上で破裂してしまったのである。 PentiumPROに次いで、陰照2つ目の大失策と言えよう。早く忘れたい過去だな。

G氏によると陰照が4GHzを超えるのは2006年後半らしい(氏はまたすぐ話を変えそうだが)。 そんなことやってると、ようやく2.5GHzまで来たIBM G5に猛追されるぞ。

クロック至上主義者であるが故、クロックが上がらなくて本当に困った話が、実は陰照にはもう1つあった。 血統書付きの優秀な稼ぎ頭になるはずだった「回せど」(旧Merced)、そしてその後継の「相手に編む」(Itanium)である。 共同開発していたHPでさえ、性能の割に高すぎて売り物にならないと判断して、 一部のラインナップを取り消したほどである。 数年前の鳴り物入りの宣伝、未来を塗り替えてしまうかのような宣伝とは裏腹に、 Itaniumマシンなどいったいどこにあるというのか? 昔はファンだってたくさんいたのに。

陰照がIA-32からIA-64への移行に何年も手間取っているのを見ると、 Appleが10年前にCPUを入れ替え(68040→PowerPC)、3年前にはOSの入れ替え(OS9→OSX)をあっさり成功させたのは、実にたいしたものであることよ。

今宵は久しぶりに長く書いたな。